巨大な門中墓を見て、沖縄移住希望者のなかには自分達のお墓はどうなるのか……、と不安になる人がいてももっとも。しかし、まったく心配は無用。沖縄に自分の先祖がいないからといって墓がつくれないことはない。沖縄に移住して明るい地域づくりに少しでも貢献したら、心置きなくこの地に骨をうずめてください。今から約200年前の話だが、「東洋に武器を持たない国がある」と語ってナポレオンを驚かせたという。バジル・ホールが沖縄にやってきたとき、旅の途中から体調を崩していた若者、ウィリアム・ヘアーズが帰国を待たずして島で亡くなった。同行していた医師のジョン・マクロードは、島民によって墓が掘られ、艦付き牧師によって葬儀が執り行われた翌日、「彼ら(島民)は僧侶を伴って墓地に出かけ、彼ら自身の宗教の儀式に従って葬儀を執り行った。(中略)彼らは、死出の旅路を滑らかにするだけでは満足せず、そのやさしい心遣いを墓のかなたにまで及ぼしたのである」と記録している(『外国人来琉記』琉球新報社刊より)。当時と比べれば、今の沖縄の心はすさんでいるかもしれないが、それでも沖縄の人々は死者を地元と島外人と分けて差別することはなし。ヘアーズさん以外にも、沖縄にはウランダ墓(ウランダーとは沖縄の方言で西洋人の意)、中国人墓、大和墓など、たくさんの外来者の墓がある。では、沖縄で骨をうずめる具体的な方法を考えよう。大きく分けると3つある。?門中墓をつくる沖縄の習慣がお気に入りならこの方法。男系社会優先の名残だと批判されることもあるが、一度つくってしまえば当分の間、子孫に墓つくりの悩みを持たせることはない。?個人墓に入る宮古などでは個人墓が多い。これは直系家族だけで入るお墓。夫婦で入ったあとは、長男夫婦が入ってくるのを待つ。その次は長男の長男へと続く。?寺に納骨する沖縄にも檀家制度でお墓を管理してくれるお寺はある。まあ、今から気を揉まなくても、死後は子孫や友人がきっとうまくやってくれる。沖縄に限らず、それだけのつきあいをつくることが大切では?まずは楽しく生きよう。
1999年12月に実施されたダイヤ改正が東海道アクセスを激変させたのは、前々項「ムーンライトえちご」「尾瀬ハイク」のサポート列車解説で述べた通り。そして、それは西日本・四国・九州を走る各コア列車へのイン・アウトにも、影烈をもたらした。東西間の最大のネックだった大垣〜米原間のアクセスが改善され、同時に中京圏でも東海道本線の快速迎転が拡大。これにより、東日本〜西日本の間を行き来する乗り継ぎチャンスが増大し、豊橋〜大垣間の所要時間が1999年夏に比べて大幅に短縮される結果となった。その結果、西日本・四国・九州コア列車の乗り継ぎルートにも大きな変化が生じている。1999年の夏までは「1395M〜8321M(はやたま)」「ムーンライト松山・高知・山陽・八重垣」「ムーンライト九州」のイン・アウトの一元化が可能だ。が、今夏は上記の12月改正と「ムーンライト八正垣」の始発・終着駅変更(京都→大阪)が行なわれ、西日本・四国・九州コア列車のイン・アウト一元化が成立しない。そのためインは、「1395M〜8321M(はやたま)」「ムーンライト八重垣」「ムーンライト九州」の先発ルートと後発の「ムーンライト松山・高知・山陽」後発ルートの、2つが発生。インやアウトは、「ムーンライト八重垣」「ムーンライト松山・高知・山陽」組と「ムーンライト九州」組の、2つのルートに分かれることとなった。それでは、「1395M〜8321M(はやたま)」「ムーンライト八重垣」のイン&アウトをこの項で解説しよう。
海外旅行のベテランと、そうでない人は、トランクの中に入っている荷物を見せてもらえば、すぐに区別がつく。いや、トランクの中を見なくとも、どんなトランクを持っているかを見ただけで大体の見当がつく。あまり旅行の経験のない人は、旅行中に着る服や下着のことが気にかかる。だから、まず洋服や洋服を入れるスペースのことを考える。また自分で運ばなければならないことを考えてなるべく軽いトランクを選んだりする。なかには、洋服が何着も入るような柔らかいバッグを持つ人もいる。しかし、飛行場から飛行場へ、さらに駅から駅へと、動いて見るとすぐにわかることだが、世界中どこにでも赤帽がいるわけではない。赤帽も荷押し車もないままに、ずいぶん長い距離を自分の荷物を持ってえんえんと歩かされることがしばしば起こる。そういう時に、キャスターのついていないスーツーケースを持って歩くくらい荷厄介なことはない。